甲州街道 境川〜 上野原宿〜 鶴川宿〜 野田尻宿〜 犬目宿〜 写真で見る上野原トップへ
諏訪  甲 州街道はいわゆる「五街道」の一つ、日本橋から下諏訪での中山道との合流までをいいます。もともとの道筋は小山田氏が北条氏照の滝山城(八王子市)攻めの際に小仏峠に道を開いたのが始まりです。五街道の一としていつ決定され、整備がされたのか定かではありませんが、甲斐が徳川家康の管轄下に入った1600(慶長5)年から元和年間(1615-1619)頃がそれにあたるようです。最初は「甲州海道」といわれていたそうですが、海のない国を通るのに「海道」は不合理であるということから、1716(享保1)年、「甲州道中」と改められました。しかし一般の人々は依然として「カイドウ」や「ケエドウ」と呼んでいたそうです。
 上 野原市内の甲州街道は神奈川県との県境を流れる境川から、諏訪番所、花井番所(1714年廃止)、上野原宿、鶴川宿、野田尻宿、犬目宿を経て、鳥沢に通じます。国道20号線が整備されるまでのおよそ250年間、上野原の大動脈であった甲州街道。道筋は変わっても、あちらこちらにその名残を感じることができます。写真で見る上野原では、上野原の文化の一つの根源としての旧甲州街道をたどって見ることにしました。。もちろん「写真で見る」のコンセプトに沿いまして、写真がメインの構成を目指しています。境川から順次公開予定ですので、お楽しみして頂きたいと思います。 上野原宿
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